Re:「好きな人とがいいけれど、好きな人とは絶対無理」
フランソアの「お米のブール」というパンが好きです。
ふたださとみです。
以前の自分の記事に、少しだけ続きを書けそうな気が、少しだけしてきたので、少しだけ。
以前の自分の記事「好きな人とがいいけれど、好きな人とは絶対無理」。
以前の記事では、無理なものは無理、そんな自分をまずは受け入れたいというところまででした。
好きな人に、近づいていくの、怖いよね。
仕方ないよね。
何が辛いって、近づきたいのに近づけないし、それほど好きじゃない人には近づけたりするし、年単位でその思いを抱えて熟成し、それに慣れてくると、「まあまあ動じないフリ」、「何なら、ほど良い愛想を乗せた事務的対応」までこなしちゃう自分に出会うからです。
その上、時々、自分的にざわつくイベント(相手の恋愛に関する情報を小耳に挟むなど)が起きると「無」(表情)か「固」(表情)。何もしない。何もできない。ほど良い愛想も急に引っ込める。無愛想。会釈だけして通り過ぎるイメージ。「おいおい、キャパ小さいな自分」、ってまた落ち込むという。
そんな時にはすかさず、
それだけ好きなんだもんね。
もっと愛想良くしたかったわたし、えらい。
ですよね。あの時のわたしはただただお酒を飲んでいた。焼酎はお湯割りだった。
わたしの…わたしのあなたへの気持ちは…「ほどよい愛想」とも「無」とも「固」とも違う引き出しにあるんだよー!!「好き」の引き出しの中にしまってあるんだよー!!
わざわざ違う引き出しを自分で開けておいて帰宅してから後悔。
そんな時にクリスマスシーズンなどがやってきて、ここはちょっと勇気を出してみようと思わせる雰囲気を街中のカップルから感じ取り…、
勇気を出してえいっと頑張って、何かしらのアクションが彼から返ってくることがあると嬉しいけれど、やはり「この先に進むのは無理!」という地点が自分の中にあり…。
あ、やっぱり、まだ続き書けそうにない(泣)、この話、際限ない(泣)。
少し話が逸れますが、この現象を繰り返すと、
意図せず結果的に小悪魔
が完成することもあるらしい。小悪魔って魅力的だとわたしは思う…。いわゆる「野良猫」さん達が持つ一面…? 「時々、小悪魔」ぐらいがいいのかな…
次回、本題?の「親密感への怖れ」について、先週末に、カウンセラーの師匠のこの講座↓に参加しての気づきなどがあるので、頑張って書きたいと思います。
ふたださとみでした。
今日のSFOタイトルは
「好き」の引き出しは、好きな人の前では開けられない
でした。
SEOタイトルとSFOタイトルの違いはこちらです。
「主観と客観」、「カウンセラーブログ」を意識する練習をしています。
お湯割に心を掴まれたのは僕だけじゃないはず。
意図せず小悪魔が最強にツボです。
小悪魔は意図しているはず。
でも意図せず小悪魔な質感がすごくいいです。
ここにも愛あるコメントを…!
ありがたいです。
お湯割りを飲み過ぎてしまいます٩( ᐛ )و