【違和感しかないわ】「相手はそう嫌でもないらしい、私が嫌いな私のあの部分」。

 

同じ時代に生きてくださっている、
大好きなあなたへ。
ふたださとみです。

コンビニスイーツを、
散歩しながら食べました。
しあわせ。

「自分が愛せない自分」。

さすがに、
「全ての自分が嫌い」ではなくなってきたけれど。

自分の中の一部は、

きれいじゃない。
っていうか、
きっと、きたない。
できれば、
抹消したい。

自分の中にある、
ずるい部分。
罪悪感ちくちく。
できれば、
抹消したい。

書いているだけで苦い気持ちになってきた。

普段、

コンビニスイーツを食べている時とか

職場でミーティングに出ている時とか

台所で焼きそば作っている時とか

そういう時には意識には上がってこなくて。

すごく近い距離に誰かの気配を感じると、

途端に沸いてくる。

この苦さ。

しかも、その、近づいてくれた「誰か」にだけは、

見せたくなかったりする部分だから、

やっかいだ…。

「自分が愛せない自分」っていうか、

「自分も愛せない自分」っていうか、

「自分すら愛せない自分」

だと思ってきた。

だってそうでしょ、

自分ですら愛せないのに、

他人様がその部分を愛せますか、いや愛せない(反語)。

愛されるわけがない。

愛しにくいでしょう。

どうでしょう。

その点に関しては、もう胸を張る勢いである。

確信しておった。

そんなこじらせ女子の私(15年前がこじらせマックス)、

スーパーカウンセラーのおかげで、

自己肯定感がだいぶ上がってきたりとか、

「愛してもらう」・「愛させる」意識とか

「自分を流れに委ねる感覚」とか、

自然と自分の中に芽生えて。

自分の全てを、

無理矢理好きにならなくていいし

無理矢理ルーツを掘り起こさなくてもいいし

まあ、いいか。

そんな気分になり、

いつだったか、

ついに、

上記全部、

好きな人に言ってみたんですけど。

自分よ、やり方が極端ではないだろうか。じっと動かずにいて、いざ動くとやりすぎるという、こじらせ度合い。かわいいなあ。←


「わたし、その部分、自信なくて。迷惑かけちゃうというか、あんまり見せたくなくて。嫌われるのが怖いし。自分ですら好きになれないところを、受け入れてもらうなんて、想像がつきません、絶対無理だよなって思う」

果たして。

大好きな男性からの返答とは。

「ふーん。そう思うんだね」

「まだまだだね(´∀`)」

萌えた。

なんだその余裕は。

仕方がないので、

この「違和感」と一緒にいることにした。

違和感。

「相手はそう嫌でもないらしい、私の嫌いな、私のあの部分」。

そんなの、私にとっては違和感しかなかった。

今も少しそう。

もうね、「自分は、自分のものじゃない感覚」もあっても

いいのかもね。

パートナーシップでは特にね。

もちろん、

「自分で選択する」とか、

「嫌なものは嫌と決めるし言う」とか、

そういう感覚は、大前提で。

その先どこかで、

「もう知らん、よく分かんないけど、なんか相手はそんな私も好きらしい」。

放置しよ。

放置放置。

放置したらどうなる?

嫌な部分を隠そうと頑張らなかった、

ただ放置した私、どうなる?

…怖い。

でもそれが相手からするとかわいくてたまらない、

ってこと、あちこちで起こっているらしい。

そうならなかった場合は、

相性合わなかったね、早く分かって良かったね、

というわけで、

いつものように

どう転んでもよいのだ。

「相手はそう嫌でもないらしい、私が嫌いな、私のあの部分」。


この違和感、

しばらくじっと一緒にいることで

いつの間にか、

「自分」の心を温かくすること、

少しずつ確信しています。

ぜひご一緒に。
ふたださとみでした。

10年以上の時間をかけて、心とろける対話カウンセリングを、始めました。


良い意味で、「自分を、愛させてあげよう」。