「双方向矢印」の自分をイメージしていれば、感情(心)が先・現実は後の法則に則り、いつかは現実に反映されていくのでしょうか?③【ご感想&ご質問をいただきました!】

同じ時代に生きてくださっている、
大好きなあなたへ。
心とろける対話カウンセラー、
ふたださとみです。


前の記事に、
職場で炎上案件がありました、と
書いたらば。
すぐに、「がんばって」というリアクションをいただき、
頑張れた私です…感激でした…。
ありがたい。

さて、前々回前回
続きで、

「双方向矢印」の自分をイメージしていれば、感情(心)が先・現実は後の法則に則り、いつかは現実に反映されていくのでしょうか?

わかってはいても、素直に感情を感じたり、受け入れたりするのは初めは抵抗がありますね。抵抗を外していきたいな、と思っています・・・。

わかりづらく申し訳ありませんが、良ければネタにしていただけると幸いです。
(Hさん)

こちらの、Hさんからいただいた、ありがたいメッセージについて考えていきたいと思います。


「双方向矢印」というのは、このページで書いてみた、「好きな相手と私」の関係性における矢印の在り方です。
どんなときも、
相手との関係において起こることを、


「好きな相手⇄私」

と捉えるとしたら、どうか…?

ということを書きました。


「何もしていない」と

私自身が思う時も。

ただ、そこにいた私。

相手のしてくれたことを受け取った私。

「相手からの愛を受け取ることで、相手にプレゼントできていたものがある」ということ。

この話にざわつく=「受け取る」が今のテーマ、という見方もできるかもしれない、とふただは考えています。

しつもん氏

「双方向矢印の自分」を
イメージするにあたり、
ご提案したい方法の
ひとつは、


自分が出している矢印
意識してみること。

ふただ

自分が出している矢印。

しつもん氏

自分が出している矢印。

というか、

自分から出ている矢印、

と言ったほうがいいかも。

ふただ

出ちゃってる、と。

しつもん氏

出ちゃってます。
自然にね。

相手があなたに対して
「何かをした」とき、

その行為が完了したということは、
それを「させてくれた存在」が
いるということです。

あなたなしには
その行為は成立しない、
と捉えてみるとどうですか?

同時に矢印が成立するような
感覚になりませんか?

ふただ
(15年前)

それは、
言葉遊びにも見えます…

あなたは私に優しい言葉を言う。
→私はあなたに優しい言葉を言われる。
というような、
能動態を受動態に書き換えましょうって
国語のテストで昔ありました。

しつもん氏

うんうん。
そう感じたままでいいです。

疑問も、
喜びも、

怖いのも、
抵抗も、
そのまま、
持ったまま進む。

それにね、
「受け取ることは、与えること」
という捉え方、
「受け取り下手だけど与え上手な人」
にとっては、
少し楽に捉えやすいのでは。

ふただ
(15年前)

んー…

しつもん氏

もうひとつは、


矢印の向く先としての
自分に自信を持つこと

ふただ
(15年前)

もしかして。
自己肯定感。

しつもん氏

私の存在は、相手にとっての喜びです。
私はただありのままに
そこに存在すればいい。
私は愛される存在。

と言うとすると、
どんな気持ちがしますか?

ふただ
(15年前)

んー…
言いたいことは分かるんだけど…

しつもん氏

「矢印の向く先としての自分」
に自信を持つアプローチは
たくさんあるので、

気が向いたものからやっていくのが
おすすめです。

しつもん氏

そして次回、
最後にもうひとつ。

「相手にとっての喜び」を
予想してみる。

ここでは
相手を「男性」と
仮定しますが、

男性にとっての喜びって。
何だろう。

もしかしたら、
女性が予想する喜びとは
逆かもしれないのです…!

 

 

次回につづく。



っていうかしつもん氏ってだれ?

な方も、

本日も読んでくださりありがとうございます。
引き続き、ブログへのネタ提供、お悩み相談もお待ちしております。

ふたださとみでした。